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 ― イズム株式会社で「働く」ということ ― Working At ism Co.,LTD    



  私が卒業した高校時代の「進学クラス」の責任者の先生が、卒業時の文集に寄稿したメッセージが
社会人になってからの私の「仕事観」に
大きな影響を与えたことは言うまでもありません。

無論、私がその全てを社会人生活の中で、全て実践し、自らの「成果」として
何らかの形で「社会に還元」出来てきたのかは、定かではありません。

ただ、一経営者として「イズム株式会社で働く」ということの意味や時間を費やすということを
考えた場合、この「箴言」はいまだに誰よりも一社会人の自分自身にとって
大きな「礎」となっていることは疑う余地もありません。

―レイバラーとワーカー
(95年・高等学校卒業文集より引用)


ある人の「行為」が社会的に「価値のあること」として認められるのは、
その「行為」に対して社会から「対価が支払われること」で証明される。

社会が提供する「仕事」に何の興味も持たず、ただ「生計の為にやむを得ないから」という理由だけで
従事しているとすれば、その人は
「賃金奴隷(Labourer)である。

これに対し、生計維持の為の収入源たる労働に「個人の興味を合致させる」ことができれば、
その人は
「ワーカー(worker)といえる。

レイバラーとワーカーの「区別」は、
「仕事の内容」ではなく、その人の「余暇に対する姿勢」から判断される。
ワーカーにとって余暇は「単に効率よく働く為に必要なくつろぎの時間」にすぎないが、
レイバラーにとっては「余暇が全て」であり、ただそのためだけに生きている。

君達はどっちだろう?という「箴言」です。

経済情勢の悪化も影響し、「正社員人口の減少」や「労働スタイルの多様化」も進み、ニートやフリーターなどの
定職につかない(つきにくい)人口も増加し、ある種「社会問題化」する中で、
私の中で誰の言葉よりも「労働」に対する「箴言」として未だに
「神々しく輝く」箴言であります。

そこで私は高校時代に多大な影響を受けた「箴言」を
もう一歩進化させて
小社に関わる従業員の全て(正社員・契約社員・時間講師・事務員などアルバイトスタッフを含む)には

「仕事を遊ぶ」という「大きなテーゼ」(ミッション)

課して行きたいと思っています。

この言葉は、ある意味で
誤解を招きかねませんし、ある意味「難解な理念」と捉えられるかもしれません。

仕事である以上、「真剣さ」「正確さ」「スピード」あらゆる項目における
「仕事の精度(緻密さ)」「質(Quolity)」が求められることは、言うまでもありません。

ただ、小社のスタッフにはそれを
「やらされている労働」と捉えるのではなく、自らが「主体的に取り組む」
「自らの能力(スキル)を高める」自己実現の為の「糧」「訓練」(トレーニング)
捉えてもらいたいのです。

当然のことながら、仕事というのは一人で行っているわけではありませんし、逆に言えば余程の「天才的な能力」の
持ち主でもない限り、「一人で成し遂げることの出来る仕事」には
「限界」があります。

組織として「仕事」と向き合う以上、上司との連携、同僚との「協力」「情報共有」「切磋琢磨」様々な

「仕事を通じた様々な化学反応」
楽しんでもらいたいのです。
私は、その
根底にあるのがある種の「真剣さ」であると考えています。

あなたの「真剣さ」に応える「企業」でありたい、私の「願い」はそれだけであります。

−大きな家を建てたい−、−幸福な家庭を築きたい−、50代で引退してさっさと隠居したい−何でも良いでしょう。
その根底に「真剣さ」という「エナジー(Energy)」があれば…。

イズムに関わる「全ての人々【塾生・顧客・保護者様・お取引先様・従業員】)が笑顔になる」
そんな「さりげないことを当たり前に実現していけるグローバル企業」を志向して行こうと思っております。



代表取締役社長 兼 塾長 新倉 光貴
2015年11月11日一部加筆